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金沢地方裁判所 昭和42年(ワ)543号 判決

原告 町野吉蔵 ほか四名

被告 国 ほか二名

訴訟代理人 神保泰一 笠原昭一 牧畠清隆 ほか三名

主文

一  被告石川いすず自動車株式会社は、原告町野吉蔵に対し金四九七万五〇〇〇円、原告町野シゲ子に対し金四九〇万円及び右金員に対する昭和五〇年一二月一二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告町野吉蔵、同町野シゲ子の被告石川いすず自動車株式会社に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  被告石川いすず自動車株式会社、同町野吉蔵は、各自、原告平ちのに対し金一五〇〇万円、原告牧野茂に対し金六四五万円、原告牧野さよに対し金六一五万円及び右各金員に対する昭和四〇年四月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告平ちの、同牧野茂、同牧野さよの被告石川いすず自動車株式会社、同町野吉蔵に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、原告町野吉蔵、同町野シゲ子と被告石川いすず自動車株式会社との間においては、右原告らに生じた費用の六分の一を被告石川いすず自動車株式会社の負担とし、その余は各自の負担とし、右原告らと被告国との間においては全部右原告らの負担とする。

また原告平ちの、同牧野茂、同牧野さよと被告石川いすず自動車株式会社、同町野吉蔵との間においては、右原告らに生じた費用の三分の一を右被告らの負担とし、その余は各自の負担とし、右原告らと被告国との間においては全部右原告らの負担とする。

六  この判決は、両事件原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

(甲事件)

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1 被告石川いすず自動車株式会社、同国は、各自、原告町野吉蔵に対し金一六二〇万四五五七円、原告町野シゲ子に対し金一六〇〇万八一三七円及び右各金員に対する昭和五〇年一二月一二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1 (事故の発生)

甲事件原告、乙事件被告町野吉蔵(以下単に「原告町野吉蔵」、「被告町野吉蔵」あるいは「吉蔵」という。)は、昭和三九年八月一九日午後六時二・三〇分頃、石川県羽咋郡押水町北川尻三の六六番地先道路(国道一五九号線)上において、訴外町野吉輝(以下「吉輝」という。)らを自家用大型貨物自動車(石一せ一二六二号、以下「本件自動車」という。)の荷台に同乗させて金沢市方面に向けて運転中、自車を故障のため訴外平秀次(以下「秀次」という。)、同牧野一義(以下「一義」という。)、乙事件原告牧野茂(以下「原告牧野茂」という。)が後押し中の秀次所有の自家用軽四輪自動車(八石あ二〇五八号)後方に追突させたうえ、道路左側の田に横転させ、その結果、吉輝を頭蓋底骨折及び胸部圧迫により、秀次を腹部内臓破裂により、一義を頭蓋底骨折によりそれぞれ死亡せしめ、原告牧野茂に対し、加療約三か月を要する右肋骨骨折等の傷害を負わせた。

2 (甲、乙両事件被告石川いすず自動車株式会社(以下「被告会社」という。)の責任原因)

被告会社は、第一次的には債務不履行(不完全履行)により、第二次的には民法七〇九条により、原告らが本件事故により蒙つた後記損害を賠償すべき責任がある。

すなわち、原告町野吉蔵は、被告会社に対し、庭石運搬用の三ないし四トンクラスの自動車を買いたいと申出たところ、被告会社において、大型ダンプカーを改造してモノレールを設置すれば庭石運搬車として十分使用可能である旨保証したので、吉蔵はこれを了承し、昭和三九年八月一七日、右の如き改造を加えた本件自動車を代金五三万円で買受け、その引渡しを受けた。

ところが、本件自動車には、次のとおり制動装置に構造上の欠陥があつた。すなわち、事故後の羽咋警察署の調査によれば本件自動車の最大積載量四・五トンであるにもかかわらず、二・五トンの積載量でテンシヨンアームとブレーキホースとが密着し、三ないし四トンでブレーキホースがテンシヨンアームに圧迫されて張り切りそれ以上に積載するとブレーキホースが破れて制動不能となることが判明した。

本件事故は、もつぱら右制動装置の欠陥に起因するものであり、このような欠陥車の引渡は債務の本旨に従つた履行とはいえないから、不完全履行というべく、被告会社は債務不履行責任を免れない。

また、被告会社は、自動車の販売を業とするものとして、自動車の販売に当たつては、自動車に構造上の欠陥または機能の障害がないことを十分に点検確認すべき業務上の注意義務があるのに、自動車の検査(以下「車検」という。)に合格したことをう呑みにしてその点検を怠り、前記制動装置の欠陥を看過して売渡した過失により本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条による責任を免れない。

3 (甲、乙両事件被告国(以下「被告国」という。)の責任原因)

被告国は、国家賠償法一条により、原告らが本件事故により蒙つた後記損害を賠償すべき責任がある。

すなわち、石川県陸運事務所の自動車検査官は、本件事故の九日前である昭和三九年八月一〇日、本件自動車の検査を了したが、自動車検査官としては、車検に当たつて、道路運送車両法及び道路運送車両の保安基準に従つて検査を実施すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前記制動装置の欠陥を看過して検査を了し、本件自動車を運行の用に供せしめた過失により本件事故を惹起させたもので、右は、国の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、過失により違法に他人に損害を加えた場合に該当するから、被告国は国家賠償法一条による責任を免れない。

4 (損害)〈省略〉

5 (結論)

よつて、被告ら各自に対し、原告町野吉蔵は4の(一)ないし(四)の合計一六二〇万四五五七円、原告町野シゲ子は4の(一)及び(四)の合計一六〇〇万八一三七円及び右各金員に対する本件不法行為の日の後である昭和五〇年一二月一二日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告会社の請求原因に対する認否及び主張

1 請求原因1記載の事実は認める。

2 同2記載の事実中、原告町野吉蔵、被告会社間に本件自動車を目的とする売買契約が締結された事実は認めるが、その余の事実は否認する。

右売買の日付は昭和三九年八月一〇日であり、本件自動車の引渡(履行)は未だなされていない。すなわち、原告町野吉蔵において売買代金の内二五万円を頭金として内入する約定のところ、一一万円しか支払いがなされなかつたため、被告会社において残金の支払があるまで本件自動車の使用を禁止し、自動車検査証(以下「車検証」という。)及び自動車損害賠償責任保険証明書(以下「自賠責保険書」という。)の交付を留保した。したがつて、履行がなされたことを前提とする不完全履行の主張は理由がない。

また、自動車の設計、構造、装置、性能等の決定はもつぱら自動車製造者にあり、自動車販売者は自動車の販売及びアフターサービスを主たる業務となし、それに必要な技術者や設備を備えているに過ぎないから、自動車販売会社たる被告会社に自動車製造者と同等の点検確認義務を科すことはそれ自体失当である。したがつて、本件自動車に構造上の欠陥があつたとしても、右欠陥に基づく事故に関して被告会社の責任を問うことはできない。

本件事故は、次のような原告町野吉蔵の故意または過失に起因するものであるから、被告会社には何らの責任がない。すなわち、原告町野吉蔵は、被告会社においてその使用を禁止した本件自動車を盗用同様に使用したが、その際、原告町野吉蔵は本件自動車を運転する資格がなかつた(無免許)。本件自動車は中古車であり、中古車は程度の差こそあれ性能低下の危険を内包していることは公知の事実であるから、その運転開始時の仕業点検はもとより運転途中においても綿密な点検義務があり、よつて事故の発生を未然に防止する注意義務があるのにこれを怠つた。最大積載量を超過して悪路を運転した結果、制動装置の故障を誘引し、また、乗車人数も乗車定員を超えており、ことに被害者である吉輝を積荷の上に同乗させた。フートブレーキの故障が発見された場合には、サイドブレーキを使用することは運転者の常識であるにもかかわらず、これを使用しなかつた。

3 同4記載の事実中、原告らが吉輝の父母である事実のみ認め、その余の事実は否認する。

三  被告会社の抗弁

1 (不完全履行の主張に対して)被告会社の無過失

仮に本件自動車の引渡(履行)がなされたとしても、被告会社は本件自動車の販売に当たつて訴外奥野自動車商会(以下「奥野商会」という。)に車検整備を依頼し、ブレーキホースを新品に換え、その取付位置も当然取り付けるべき位置に設置し、テンシヨンアームとの間隔も運行に差支えないことを点検確認して、自動車販売会社として尽すべき義務を十二分に尽くした。

もつとも、相当重量(本件自動車ならば五ないし六トン)の物件を積載のうえ検査をしたならば、あるいは前記制動装置の構造上の欠陥を発見しえたかもしれないが、現在における自動車取引の実情は空車状態における検査で足りる慣行であるから、積車状態における検査をしなかつた点を問責することは相当でない。

2 (不法行為の主張に対して)消滅時効

仮に不法行為責任が成立するとしても、右損害賠償請求権は、被害者である原告らが損害及び加害者を知つた時である本件事故の翌日の昭和三九年八月二〇日から三年を経過した昭和四二年八月一九日の経過とともに時効消滅した。

3 示談契約の成立

仮に被告会社に何らかの損害賠償義務があつたとしても、原告らと被告会社との間に、昭和四一年一一月三〇日、本件事故に関して三〇万円で示談契約が成立し、被告会社は同日右金員を支払つたところ、原告らは、右示談契約の中で、本件事故について一切の請求権を放棄したから、原告らには本件事故について何等請求権がない。

4 過失相殺

仮に被告会社に対し原告らが賠償請求権を有するとしても、原告町野吉蔵に前記二、2に記載のような過失があるので、賠償額の算定につき斟酌されなければならない。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1記載の事実は否認する。

2 抗弁2及び3記載の事実は認めるが、その法律効果は争う。

3 抗弁4記載の事実は否認する。

五  再抗弁

1 時効中断

原告らは、右三年の期間経過前である昭和四二年八月一七日、本件事故による損害賠償を求める本件訴を提起したから、消滅時効は中断した。

2 示談契約の無効

本件示談契約は、原告町野吉蔵の病気による疲労困窮状態に乗じて強制的になされたものであり、原告町野シゲ子の預り知らぬところであるうえ、このような少額の金額を押しつけること自体公序良俗に反するから無効である。

六  再抗弁に対する認否

全部否認する。

七  被告国の請求原因に対する認否及び主張

1 請求原因1記載の事実は認める。

2 同3記載の事実中、石川県陸運事務所の自動車検査官が、本件事故の九日前である昭和三九年八月一〇日、本件自動車の検査を実施した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故現場に本件自動車の右側前車輪の滑走痕がついていたこと、路上にブレーキオイルが飛散していなかつたことからすると、衝突前にはブレーキホースは破れていなかつたとみるべきである。仮に本件事故がブレーキの故障に起因するとしても、本件自動車の検査の適否と本件事故との間には相当因果関係がない。すなわち、車検制度の本質は、自主的整備責任を有する使用者が、その整備義務を完全に履行しているかどうか、いいかえればその使用車両が国の定めた保安基準に適合しているか否か、いいかえればその使用車両が国の定めた保安基準に適合しているか否か、を後見的に確認するものに過ぎず、国において個々の自動車の安全性を保証ないし担保するものではない。したがつて、車検に合格したからといつて使用者自身の整備責任が解除されるものではなく、自動車の使用者は車検の結果如何にかかわらず、その整備義務を尽くして、自動車の運行による事故の発生を末然に防止する義務があり、構造の欠陥、機能の障害ある整備不良車両を運行の用に供してはならないのである(道路交通法六二条)。したがつて、本件事故の原因が仮に原告ら主張のとおり制動装置の故障にあつたとしても、それは自主的整備義務を負担する使用者においてその義務を怠つた結果にすぎず、車検の適否の問題とは何ら因果関係がない。

本件事故は、次のとおり原告町野吉蔵の過失と原告牧野茂らの過失が競合して発生したものである。すなわち、原告町野吉蔵は、最大積載量を一〇二五キログラムも超過して庭石等を積載し、悪路を長い区間走行した。本件自動車は中古車であるうえ、過大な積載をしたのであるから、仕業点検はもとより、積荷走行に際しての安全確認を特に確実に行わなければならないのにこれらの安全確認をしないまま本件自動車を運行の用に供した。また、無免許で運転操作が未熟であるにもかかわらず、無謀な追越しを試みた。一方、原告牧野茂らは、エンストをした車両のエンジンをかけるべく、同車の後押しをしていたが、これは事故当時の状況からみると安全運転義務に違反している。

仮に本件自動車の検査の結果と本件事故との間に相当因果関係が認められるとしても、本件自動車の検査を担当した自動車検査官には何らの過失がない。すなわち、本件自動車の検査は、昭和三九年八月一〇日、能瀬技官及び川部検査官により新規検査の通常の手順にしたがつて綿密に行われた。その結果、〈1〉原動機の始動不良〈2〉右側前、後輪タイヤ不良〈3〉ハンドルのドラツグ・リンクのがた〈4〉左前輪ブレーキの片効きを発見したので、川部検査官が整備及び再検査を指示した。そして、翌一一日午後、同検査官が再検査を実施し、再検査個所が確実に整備されていることを確認して、乗車定員及び最大積載量の指定並びに車検証の有効期間の指定を決定して合格と判定したものであるが、特にブレーキ関係について、その検査内容を述べると次のとおりである。

(イ) マスターシリンダから左右の前輪のホイールシリンダに至る配管の油もれ及び損傷の有無について点検した。

(ロ) 前輪の左右ブレーキホースと車輪、フレームなどと接触はないか、ハンドルを左右いつぱいに切らせて点検した。

(ハ) ブレーキホースが損傷または老化していないかを視認及び手により点検した。

(ニ) 車両の運転者席の下から右側フレーム内側を通つて後輪に至るブレーキの配管について、油もれ、曲り、腐蝕の有無及び振れ止めの脱落の有無について点検した。

(ホ) 後車軸付近の後輪ブレーキホース及びパイプについて、曲り、損傷、老化現象、各接手部からの油もれの有無に関し、後車輪のホイールシリンダに至る間を視認及び手により綿密に点検した。

(ヘ) ブレーキホースの取付け状態の良否を点検した。

右点検に当たつては、前車軸をテストリフトで上昇し、検査官自ら車両の後部に身体を入れて注意深く検査をしたが、ブレーキホースそのものは新品に取換えられており、かつ、それには損傷、油もれ等何らの異常が認められなかつた。また、テンシヨンアームとブレーキホースとの間隔についても視認及び手により確認し、スプリングについても点検したところ、それは標準車仕様と同様であり、かつ、亀裂、切損、左右のたわみに格別の不同はなかつたので、前記の間隔は適当なものと認めたものである。なお、スプリングの機能的良否については本来検査の対象外であり、また、右検査の方法は、空車状態で視認するをもつて足りるものであるが、道路運送車両法施行規則別表第二「検査の実施方法」に照らしてみても適法かつ適正なものであつた。

次に、最大積載量の指定についても、「貨物自動車の最大積載量の算定基準の通達」に基づき、本件自動車の諸元等の数値を検討したところ、標準車の五〇〇〇キログラムに対して、改造車であるための重量増加から見て、計算上五〇〇キログラムの滅トンが必要と認められたので、強度等から四五〇〇キログラムと指定したもので、適法かつ適正であつた。

3 同4記載の事実中、原告らが吉輝の父母である事実のみ認め、その余の事実は知らない。

八  被告国の抗弁

1 過失相殺

仮に被告国に対し原告らが賠償請求権を有するとしても、原告町野吉蔵に前記七、2に記載のような過失があるので、賠償額の算定につき斟酌されなければならない。

九  抗弁に対する認否

否認する。

(乙事件)

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1 被告石川いすず自動車株式会社、同国、同町野吉蔵は、連帯して、原告平ちのに対し金一六五〇万円、原告牧野茂に対し金八五八万円、原告牧野さよに対し金八二〇万四四四六円及び右各金員に対する昭和四〇年四月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1 (事故の発生)

甲事件一請求原因1 (事故の発生)記載のとおり。

2 (被告会社の責任原因)

被告会社は、第一次的には自賠法三条により、第二次的には民法七一九条により、原告らが本件事故により蒙つた後記損害を賠償すべき責任がある。

すなわち、被告会社は、本件事故の一〇日前頃、被告町野吉蔵に対し、本件自動車を、その所有権を留保して割賦販売したが、右所有権留保は単に売買代金の支払確保のためになされた態様のものと異なり、被告会社において車検証及び自賠責保険書の交付を留保し、未だその引渡しを完全に終了していなかつたもので、その運行支配と運行利益を享受しうる地位を保有していたから、被告会社は本件自動車の保有者責任もしくは運行供用者責任を免れない。

仮にそうでないとしても、被告会社は自動車の販売を業とするものとして、自動車の販売に当たつては、自動車に構造上の欠陥または機能の障害がないよう車両整備を尽くし、もつて整備不良車両の販売による事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠つた過失により、後記被告国及び被告町野吉蔵の過失と相俟つて本件事故を惹起させたものであるから、民法七一九条による責任を免れない。すなわち、本件自動車には安全運転上最も重要である制動装置に構造上の欠陥があつた。本件自動車のリヤーブレーキホースとテンシヨンアームとの間隔は空車状態で約六センチメートルしかなく、修理関係にたずさわる者であれば、積載による加重、車の振動等によつて両者が接触、摩耗し、ブレーキホースが破損するおそれは十分に予見可能であつたのであるから、販売に当たつては、右ブレーキホースの取付位置を点検し、テンシヨンアームと接触することのないように整備すべき業務上の注意義務があつたのにこれを怠り、制動装置に欠陥のある本件自動車を販売した過失により、本件事故を惹起させたものである。

3 (被告国の責任原因)

被告国は、第一次的には国家賠償法一条により、第二次的には民法七一五条、七一九条により、原告らが本件事故により蒙つた後記損害を賠償すべき責任がある。

すなわち、自動車は運輸大臣の行う検査を受け、有効な車検証の交付を受けているものでなければこれを運行の用に供してはならず、右車検証は保安基準に適合すると認めるとき交付される。そして、道路運送車両の保安基準一二条一項一号によれば、「制動装置は堅ろうで運行に十分耐え、かつ、振動、衝撃、接触等により損傷を生じないように取付けられていること」が要求されており、自動車検査業務等実施要領には、右一二条一項一号の基準に適合しない例として、「ブレーキ系統の配管に走行中ドラツクリンク、推進軸、排気管などと接触した痕跡があるものまたは接触するおそれがあるもの」が挙げられている。また、道路運送車両の保安基準詳解によれば、最大積載量の指定は「最大積載量の算定基準」を満足するものでなければならないが、その7には、「各部強度(保安基準八、九、一一ないし一四、一八、一九及び二七条)、動力伝達装置等、かじ取装置、制動装置、車わく、車体、緩衝装置、物品積載装置等が積車状況においても安全な運行を確保できる強度と剛性を有すること。」と規定されている。したがつて、専門職たる自動車検査官としては、車検に当たり、単に右基準及び実施要領に形式的に適合するか否かをチエツクするのみならず、実質的に安全性を確保する見地から慎重な点検をなし、もつて保安基準に適合しない自動車の運行による危険を未然に防止すべき高度の注意義務が要求されるものといわなければならない。しかるに、本件自動車の検査に当たつた川部正己検査官は、本件自動車の制動装置を構成するリヤーブレーキホースはデフアレンシヤルの上部のところに取付けられており、その真上にはテンシヨンアームが位置し、両者の間隔は僅少(約六センチメートル)であつたのであるから、積荷した場合または走行時の振動等によりテンシヨンアームが下がり、右ブレーキホースを圧迫し、接触、摩耗により右ブレーキホースが破損し、制動不能の状態に陥いる危険は十分予見可能であつたにもかかわらず、前記注意義務を怠り、安易にも右接触のおそれはないものと軽信し、何らの措置もとることなく検査合格と判定して本件自動車を運行の用に供せしめた過失により、本件事故を惹起させたものである。しかして、右は、国の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、過失により違法に他人に損害を加えた場合に該当するから、被告国は国家賠償法一条による責任を免れない。仮に同法の適用がないとしても、被告国は、被用者たる自動車検査官が、その事業の執行につき第三者に損害を加えた場合として、民法七一五条による使用者責任を免れない。

4 (被告町野吉蔵の責任原因)

被告町野吉蔵は、第一次的には自賠法三条により、第二次的には民法七一九条により、原告らが本件事故により蒙つた後記損害を賠償すべき責任がある。

すなわち、被告町野吉蔵は、本件自動車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任を免れない。

また、本件事故は、前記被告会社及び被告国の過失と相俟つて被告町野吉蔵の次のような過失に起因するものであるから、民法七一九条による責任を免れない。

被告町野吉蔵は、本件自動車の運転者として運転開始前に仕業点検を行い、もつて整備不良個所を早期に発見して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、最大積載量(四・五トン)を超える五・五二五トンの積載をなして運行の用に供したうえ、本件事故現場にさしかかつた際、無理な追越しをはかり、そのため急制動の措置を余儀なくされ、かつ、フートブレーキの制動不能を認めたときはハンドルブレーキ等を使用して急停止の措置をとり、もつて前車との追突を防止すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠つた過失により本件事故を惹起した。

5 (損害)〈省略〉

6 (結論)

よつて、被告ら各自に対し、原告平ちのは(一)の(1)ないし(3)の内金一五〇〇万円及び(一)の(4)の合計一六五〇万円、原告牧野茂は(二)の(1)ないし(4)から(5)を控除した額と(三)の(1)ないし(3)から(4)を控除した額の内金七八〇万円及び(二)の(6)の合計八五八万円、原告牧野さよは(二)の(1)、(4)から(5)を控除した七四五万四四四六円及び(二)の(6)の合計八二〇万四四四六円並びに右各金員に対する本件不法行為の日の後である昭和四〇年四月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告会社の請求原因に対する認否及び主張

1 請求原因1記載の事実は認める。

2 同2記載の事実中、被告会社が、被告町野吉蔵に対し、本件自動車をその所有権を留保して割賦販売した事実、被告会社において車検証等の交付を留保し、未だその引渡を完全には終了していなかつた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

自賠法三条にいう「運行供用者」とは、運行支配と運行利益を有する者をいうが、被告会社は本件自動車について運行支配及び運行利益を有しない。なぜなら、自動車の割賦販売契約においては、売主は契約成立と同時に自動車を買主に引渡し、ただ割賦代金の支払確保のためにのみその所有権を留保するに過ぎず、運行支配及び運行利益は買主にのみ帰属すると解すべきだからである。被告会社が車検証等の交付を留保したのは頭金の支払いを確保するためであり、それ以上の意味はないから、被告会社は運行供用者に該当しない。

被告会社に原告ら主張のような注意義務を要求することがそれ自体不当であること、仮にそうでないとしても、被告会社は販売会社として取るべき注意義務を十二分に尽くしたから何ら過失がないことは、甲事件二被告会社の請求原因に対する認否及び主張2並びに三被告会社の抗弁1記載のとおりである。

3 同5記載の事実中、原告平ちのが秀次の母である事実、原告牧野茂、同牧野さよが一義の父母である事実のみ認め、その余の事実は否認する。

なお、原告らの第三〇回口頭弁論期日における請求の拡張及び請求原因の追加、訂正は、原告らが故意または重大な過失により、時機に後れて提出したものであつて、しかもこのために訴訟の完結を遅延せしめるものであるから、却下を求める。

三  被告会社の抗弁

1 請求の拡張部分の消滅時効

仮に右請求の拡張が認められるとしても、右拡張された損害賠償請求権は、被害者である原告らが損害及び加害者を知つた時である本件事故の翌日の昭和三九年八月二〇日から三年を経過した昭和四二年八月一九日の経過とともに時効消滅した。

2 過失相殺

仮に被告会社に対し原告らが賠償請求権を有するとしても、原告牧野茂、秀次、一義には安全運転義務(道路交通法七〇条)に違反して故障車を後押ししていた過失があるので、賠償額の算定につき斟酌されなければならない。

四  抗弁に対する認否

抗弁1記載の事実は認めるが、その法律効果は争う。

抗弁2記載の事実は否認する。

五  再抗弁

時効中断

原告らは、昭和四二年八月一八日、本件事故による損害賠償に関する紛争について、調停の申立をなし、右調停の不成立の通知を受けた日から二週間以内に調停の目的となつた請求について訴を提起したから、消滅時効は中断した。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁記載の事実は認めるが、その法律効果は争う。請求の拡張部分については、右調停の申立による時効中断の効力は及ばない。

七  被告国の請求原因に対する認否及び主張

1 請求原因1記載の事実は認める。

2 同3記載の事実中、川部検査官が本件自動車の検査を実施し、検査合格と判定した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

被告国の主張は、甲事件七被告国の請求原因に対する認否及び主張2記載のとおりである。

3 同5記載の事実中、原告平ちのが秀次の母である事実、原告牧野茂、同牧野さよが一義の父母である事実及び原告牧野茂、同牧野さよが保険会社から一〇〇万一一八〇円の支払いを受けた事実は認め、その余の事実は知らない。

八  被告国の抗弁

三被告会社の抗弁ないし六再抗弁に対する認否記載のとおり(但し、「被告会社」とあるは「被告国」と読み替える。)。

九  被告町野吉蔵の請求原因に対する認否及び主張

1 請求原因1記載の事実は認める。

2 同4記載の事実中、被告町野吉蔵が運行供用者である事実は認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故は制動装置の故障及び原告牧野茂らが安全運転義務に違反して故障車を後押ししていたうえ、自ら本件自動車の進路前方に飛び込んできた過失に起因するものであるから、被告町野吉蔵には何らの責任がない。

3 同5記載の事実はすべて知らない。

一〇  被告町野吉蔵の抗弁

1 過失相殺

仮に被告町野吉蔵に対し原告らが賠償請求権を有するとしても、原告牧野茂、秀次、一義には前記九、2に記載のような過失があるので、賠償額の算定につき斟酌されなければならない。

一一  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  甲、乙両事件についての各請求原因1(事故の発生)記載の事実は全当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様について

〈証拠省略〉を総合すると、次のような事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  吉蔵は、昭和三九年六月一七日、被告会社との間で本件自動車の売買契約を締結し、同年八月一一日、被告会社において車検を了したうえ、翌一二日その引渡を受けた。本件自動車を運転するには大型免許が必要であるが、吉蔵は普通免許しか取得していなかつた。にもかかわらず、吉蔵は、翌一三日二トン前後の庭石を積載して約四キロメートル走行したのち、同月一八日積載物件長さ一・五メートル、超過人員五名の制限外積載許可を受けたうえ、庭石採取のため、肩書住居地から門前町藤浜海岸まで本件自動車を運転し、当日は車の中で夜を明かし、翌一九日早暁より石を積み始め、同日午前中に庭石等約五・三六トンの積載を終つた。石の大きさや個数から、吉蔵は、最大積載量四・五トンを約一トン近く超過したことを知つていた。そして、同日午後一時頃、助手席に原告町野シゲ子、訴外西田尚明、荷台に吉輝、訴外森伊保子、同清水優を同乗させ(車両総重量約一〇・三七トン)、帰宅すべく同地を出発し、同日午後六時二〇分頃、時速約四〇キロメートルの速度で本件事故現場付近にさしかかつた。吉蔵は、一九日午後一時頃の運転開始前の仕業点検に際して、タイヤのつぶれ具合を点検した程度で、いわゆる仕業点検として法令に規定されている点検を怠つた。しかし、本件事故現場にさしかかるまで、ブレーキは利いていた。

(二)  訴外小林進は、能登方面のドライブの帰途、原告牧野茂、一義、秀次を同乗させて同人所有の軽四輪自動車(八石あ二〇五八号)(以下被害車という。)を運転して本件事故現場付近に至つたが、同所において被害車がエンストを起こして停止したため、秀次の指示により被害車を後押ししてエンジンをかけるべく訴外小林進が運転席に乗り、進行方向に向かつて右側から秀次、原告牧野茂、一義の順に並んで道路左側端から約六八センチメートル離れた位置で約五〇メートルにわたつて被害車を後押ししていた。

(三)  本件事故現場付近は、国道一五九号線として金沢-七尾間の幹線道路であり、交通量も相当頻繁である。道路幅員は約八メートルであるが、その有効幅員は約六メートルのアスフアルト舗装であり、路肩は砂利敷草地となつている。路面の状況は平坦で凹凸がなく乾燥している。現場付近は前後六〇〇メートル位の直線道路で、付近一帯は田となつており、人家等見通しを妨げる障害物はなく、標識等による交通規制も行われていない。

(四)  吉蔵は、前記秀次らが後押し中の被害車を約二〇〇メートル前方に発見し、被害者の後方約一〇〇メートルの地点で被害車を追越すべくセンターライン右側に出たところ、ハイヤーが対向してきていたので左側車線に戻り、さらに被害車の後方約七五メートルの地点で再度追越しを試みたが、観光バス二台が対向してきたため追越しを断念し、被害者に追従したが、次第にその間の距離が接近してきたので、被害車の後方約三〇・五メートルの地点で一度ブレーキをかけ、(第一回)、さらに、被害車の後方約九・四メートルの地点で再度ブレーキペダルを踏み(第二回)、クラツチを切つた。しかし、ブレーキは利かなかつたため停止せず、被害車の後部左側フエンダーに追突したうえ、自車を道路左側の田に横転させ、その結果、荷台に乗つていた吉輝を頭蓋底骨折及び胸部圧迫により、秀次を腹部内臓破裂により、一義を頭蓋底骨折によりそれぞれ死亡せしめ、原告牧野茂に対し加療約三か月を要する右肋骨骨折等の傷害を負わせた。

(五)  本件事故現場付近の路肩には、道路側から道路左側の田に向つて転落して行つた本件自動車のわだち痕がはつきりとついており、また、アスフアルト舗装部分には中央線から進行方向左に〇・八メートルの地点から斜めに右路肩のわだち痕に向つて約一〇・〇九メートルにわたつて本件自動車の右側前車輪の滑走痕がごく薄くついていた。

本件事故後、本件自動車を現場で調べたところ、サイドブレーキはひいてなく走行定位置のままであり、変速ギヤーはトツプの位置に入つていた。また、リヤーブレーキホースのデイフアレンシヤルギヤーボツクス部、ホース取付コネクター部から五五ミリメートル上の部分のホース被覆が破れてオイル通路が露出し、右ブレーキホースの破損個所に対応するリフトアームの底面(シヤフトより一六センチメートル前方)にブレーキホースと接触したと見られる摩擦痕が認められ、シヤシー、テンシヨンアームの裏側等に真新しいブレーキオイルが飛散付着していた。

さらに、本件自動車を引上げて空車状態で右ブレーキホースの破損部とリフトアームの摩擦痕部との間隔を計つたところ、六センチメートルあつたが、大石一個を積載して(重量約二・三一トン)両者の間隔を計測したところ、約一・二センチメートルに締まり、その時スプリングの状態を調べた結果、補助スプリングと補助ブラケツトの隙間は0であつた。次に、中小七個の石を上載せした(重量三・八トン)ところ、ブレーキホースの破損部上端とリフトアームとが接触する状態となり、本件事故当時と同じ積載重量(五・三六トン)にしたところ、リフトアームの摩擦痕部がブレーキホースの破損部を上から強く圧迫する状態になつた。

次に、本件自動車のサイドブレーキ及びエンジンブレーキの制動能力をテストしたところ、時速一五キロメートルの場合にエンジンブレーキのみでは停止することができず、サイドブレーキを併用した場合には衝突地点を四・二メートル越えて停止した。時速一一キロメートルの場合には両者を併用して衝突地点の一・八メートル手前で停止することができたが、時速一七キロメートルの場合には両者を併用しても衝突地点を三メートル越えてしまつた。

2 ところで、被告国は、本件現場に本件自動車の右側前車輪の滑走痕がついていたこと、路上にはブレーキオイルが飛散していなかつたことを根拠として、本件衝突時までには未だブレーキホースの破損は生じていなかつたと主張するが、右滑走痕は、前記認定のとおり、右側前車輪についてのものであり、ブレーキホースは前輪(二か所)と後輪(二か所)の二系統に分かれていることを考えれば、前輪についての滑走痕が存在したことをもつて後輪系統のブレーキホースの破損を否定する根拠となしえないことは明らかであり、また、ブレーキオイルが路面にまで飛散していなかつたとの点についても、もともとブレーキオイルの量はそれ程多くないことを考慮すれば、右事実をもつて走行中のブレーキホースの破損を否定することはできず、この点に関する被告国の主張は採用しがたい。

三  本件事故の原因と因果関係

1  前記認定事実によれば、吉蔵が、本件自動車に右認定の荷を積載して走行したため、リフトアームがブレーキホースに接触し、更にこれを圧迫した結果、ブレーキホースが破損してオイルもれを生じ、そのためブレーキが利かなくなり、被害車に衝突したものと認められる。すなわち、衝突時本件自動車の変速ギヤーはトツプに入つていたこと、第一回目のブレーキを踏む前の速度は時速約四〇キロメートル前後であつたこと、本件自動車の車両総重量は約一〇・三七トンであつたこと、右側前車輪の滑走痕の長さは約一〇・〇九メートルであつたこと等からすると、本件自動車の第二回目の制動直前の速度は時速約三〇キロメートル前後ではなかつたかと推定され、その制動距離や被害車との位置関係に鑑みれば、ブレーキホースの破損がなければ本件衝突は回避しえたと推認されるからである。

2  結局、以上を要約すると、右ブレーキホースの破損は、(A)本件自動車に、積荷をするとリフトアームが降下し、ブレーキホースを圧迫するという欠陥があつたこと、(B)本件自動車に約五・三六トンの荷を積んだこと、(C)そして前記認定の如き内容の走行をしたこと、の三条件によつて生じたということができる。そして、以上の要因の何れか一つを欠いても本件事故は発生しなかつたということができ、したがつて、右要因は、本件具体的事故についての必要条件となつていたものというべきである。

3  被告らは、ブレーキホースが破損しても、サイドブレーキ及びエンジンブレーキを作動させることによつて事故を避けることができたのではないか、と主張するが、前記認定のサイドブレーキ及びエンジンブレーキの制動能力テストによれば、仮に右補助制動装置を作動させたとしても、本件ブレーキホース破損時の両車の位置関係、制動距離及び空走距離等を考慮にいれれば、衝突地点の手前では停止することはできず、両車の衝突は不可避であつたと判断されるから、サイドブレーキ等を使用しなかつたことを本件事故の直接の原因とみることはできない。したがつて、ブレーキホース破損後の具体的な結果回避措置について、右のような不適切さがあつたとしても、過失相殺の事由として考慮するは格別、前記認定の要因(A)と本件事故との間の因果関係を否定する要因とはなしがたい。

4  次に、仕業点検等を行なわなかつたことが、本件自動車の欠陥(要因(A))と事故との間の因果関係をしや断するか否かにつき判断するに、吉蔵が、事故当日、本件自動車について、適法な仕業点検その他の安全確認行為をしなかつたことは前記認定のとおりである。

しかしながら、自動車の運転者は、一日に一回その運行前に仕業点検を行なわなければならないところ、本件の場合には、一九日(事故当日)における運行開始前に、すなわち、積載後の状態で点検を行うことができ、かつ、要請されたはずである。のみならず、吉蔵は、当時法定の最大積載量を約一トン超過して積載したことの認識はあつたのであるから、中古車でしかも改造車であること、荷台に石と共に人を乗車させること等を併せ考えると、安全な運行をするため充分な配慮が期待される状況にあつたものというべく、したがつて、このような場合には、運転者としては、一般的な仕業点検にとどまらず、特に危険と考えられる個所について具体的に安全を確認する義務、すなわち本件では積載量超過であることから、積載装置や足まわり、その他重圧の加わる関連部位等について特に綿密な点検を行う義務があつたものといわねばならない。そうだとすると、吉蔵は、この点についての義務を怠つていたことが明らかである。

そこで、右点検義務違反が前記要因(A)と本件事故との因果関係を否定するかどうかであるが、これは、本件自動車の走行についての態様(要因(C))に含ましめて考えるべき問題であるから、前記のとおり、要因(A)と本件事故との因果関係を否定する事情になるものではなく、要因(A)と相俟つて、ともに本件事故発生の要因になつているものと解すべきである。

その他、吉蔵について、無免許であつたこと、追越の方法が不適切であつたことなど本件自動車の走行に関して非難すべき点がみられるが、いずれも本件事故についての要因(C)として把えるべきであるから、要因(A)と本件事故との因果関係を否定する事由とはなりえず、過失相殺の事情として斟酌すれば足りる。

5  最後に、積荷の積載違反が、本件自動車の欠陥(要因(A))と本件事故との因果関係を否定するか否かを判断する。

吉蔵が最大積載量を超過する積載をしたことは前記認定のとおりである。ところで、積載超過はそれ自体本件自動車の適正な使用法に反しているから、適正な使用によつて故障が生じたのなら格別、本件のように違法な使用法によつて故障が生じた場合には、本件自動車の欠陥(要因(A))そのものを事故の直接原因とすることはできないのではないかとの疑問が生ずると主張するが、しかしながら、本件自動車の欠陥(要因(A))とは、積載の結果、テンシヨンアームが降下し、そのためにテンシヨンアームとブレーキホースとが接触、ついにはブレーキホースが圧迫されて破損するに至るというのであるところ、前記認定事実によれば、最大積載量(四・五トン)内の三・八トンの積載ですでにテンシヨンアームとブレーキホースとが接触するというものである。つまり、仮に最大積載量を遵守した適正な使用がなされたとしても、テンシヨンアームとブレーキホースとが接触、ひいてはブレーキホースが圧迫される状態が作出されることが明らかであるから、ブレーキホースの破損による事故の発生は不可避であつたといつてよく、そうだとすれば、この点に関する違法が本件自動車の欠陥に相乗して作用したであろうことは否定しえないとしても、本件自動車の欠陥(要因(A))と本件事故との因果関係を否定する要因とはなしがたいものといわなければならない。

四  責任原因

1  被告会社の原告町野吉蔵に対する債務不履行責任について

(一)  吉蔵、被告会社間に本件自動車を目的とする売買契約が締結された事実は原告町野吉蔵と被告会社との間に争いがない。

(二)  前記争いのない事実や〈証拠省略〉を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

(1) 被告会社の販売担当員であつた訴外清水弘造が、昭和三九年六月中頃、吉蔵方自宅を訪問したところ、吉蔵から庭石運搬用の三ないし四トンクラスの貨物自動車を買入れたい旨申込を受けた。被告会社は、庭石を運搬するのなら普通のトラツクではだめだからダンプカーを改造してモノレール付トラツクにすることをすすめた。その結果、同月一七日、吉蔵、被告会社間に、被告会社が同月上旬頃訴外新城吉松から下取りし、廃車になつている、一九五九年式日産中古ダンプカーにウインチ架装を施こしてモノレール付トラツクに改造する、右改造した自動車を代金五三万円、代金支払方法頭金として二五万円、残金の支払いは、車両引渡しの翌月から一五回の分割払い、保証金二万円、なお、この際新規車検をうけるという内容の売買契約が成立し、同日保証金二万円が吉蔵から被告会社に支払われた。

(2) 被告会社は、同年七月八日、石川県陸運事務所に対し、改造自動車等審査申請書を提出し、翌九日、同事務所第二九五号の許可を得た。そこで同月中頃、訴外奥野商会に車検整備を依頼し、車検整備のうえ、約一週間後に被告会社において架装をなし、モノレール付トラツクに改造した。そして、同年八月一〇日、奥野商会を通じて車検を受けたが、再検査を指示され、翌一一日再検査に合格し、車検証の交付を受けた。

(3) 前記清水は、一一日本件自動車を引渡すべく吉蔵方へ赴いたが、吉蔵から現金が九万円しかないので現金としてはこれだけにし、残額は手形払いに変更してほしい旨の申入を受けた。そのため清水は、自己の一存で承諸しかねたので、上司と協議するとして当日は一旦本件自動車を引き揚げた。

(4) 翌一二日、清水は、修理担当社員訴外広瀬勇を伴つて吉蔵方を訪ずれ、右吉蔵の申入を一応了承して手形を受け取つたうえ、本件自動車を吉蔵に引渡したが、車検証及び自賠責保険書頭金の残額完済まで保留する旨申向けて交付しなかつた。

(三)  右事実によれば、本件自動車を目的とする吉蔵、被告会社間の売買契約は特定物の売買契約と解するのが相当である。

そして、そうだとすれば、不特定物の売買契約であることを前提として債務不履行責任を問う原告町野吉蔵の主張は、その前提を欠くこととなるから、その余の点について判断するまでもなく失当として排斥を免れない。

2  被告会社の原告町野吉蔵、同町野シゲ子に対する不法行為責任について

(一)  〈証拠省略〉を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

(1) 被告会社は、昭和三九年七月中頃、本件自動車の整備のた

め訴外奥野商会に車検整備を依頼し、奥野商会の従業員であつた訴外大野靖男が本件自動車のハンドル回り、ブレーキ回り、摩耗したピン回り等を整備し、ブレーキホースはいたんでいたので新品と取り換え、スプリングも中古品と取り換えた。しかしながら、同人はブレーキホースの取付口、取付位置、格好等の点検は行なわず、取付口にステの付いていることに気がつかず、ブレーキホースとテンシヨンアームとの間隔や、接触の可能性については全く留意しなかつた。大野の整備終了後、奥野商会の責任者であり、二級整備士の免許を有する訴外奥野与作において本件自動車の点検を行つたが、ブレーキホースについては後方から視認したのみで、その取付口、取付位置、格好については点検しなかつた。被告会社は、本件自動車の引渡しを受けた後、修理担当社員である訴外広瀬勇が交換部品を見ながら本件自動車の下回りを点検して整備個所の確認を行つたが、ブレーキホースとテンシヨンアームとの間隔については点検確認をしなかつた。その後、被告会社の工場において駆動装置を外して架装を行ない、塗装をして改造を終え、同年八月一〇日、奥野商会を通じて車検を受けたが、原動機の始動不良、右側前後輪タイヤ不良、ハンドルのドラツグリンクのがた、左前輪ブレーキの片効きのため再検査を指示された。それで、右指摘個所を再整備して翌一一日再検査を受け、合格と判定されて車検証の交付を受けた。

(2) 本件自動車は、昭和三九年六月上旬頃、被告会社が訴外新城吉松から下取りした一九五九年式日産B五八二型六気筒の中古(当時で約五年使用した車)ダンプカー(最大積載量五トン)の駆動装置のみを外して架装を施したものであるが、右ダンプカーとして使用当時にもテンシヨンアームとブレーキホースとが接触してオイルもれを生じたことがあつたため、新城吉松において両者が接触しないようにブレーキホースを針金で下へ引つ張り、ブレーキホースの取付位置を下回りに改造し、スプリングの枚数を増やし、ステを取り付けた。新城告松は当時テンシヨンアームとブレーキホースとが接触した事実を被告会社及び奥野商会に告知した。ところが、被告会社及び奥野商会は、車検整備の際本件自動車のブレーキホースの取付位置を漫然と上回りにかえ、その真上にテンシヨンアームが位置するようにした。そのため荷重等によりテンシヨンアームが下かつてきた場合には容易にブレーキホースとの接触のおそれを生ずるに至つた。また、ダンプカーにおけるスプリングのしずみは普通の場合一〇ないし一二センチメートルであり、積車状態におけるしずみは、実際に積荷をしなくても、そのたわみを測定することによつて計算することが可能である。

(二)  前記各認定事実によれば、本件自動車の売買契約は、被告会社において中古のダンプカーをモノレール付トラツクに改造し、整備点検したうえ、新規検査に合格したものを販売する方式であることが明らかであるが、中古車は程度の差こそあれ機械部品の減耗、摩滅により性能低下の危険を内包しているものであることは公知の事実であり、ことに本件自動車の場合には年式も古く、過去においてテンシヨンアームとブレーキホースとが接触したこともあり、また、庭右等の運搬車として相当重量の積載が当然に予定されていたのであるから、かかる自動車を改造、整備のうえ販売する者としては、いわゆる自動車工学上の設計の誤りに基づく自動車整備の専門家といえども通常発見しえない隠れた構造上の欠陥についてはともかく、一般に自動車整備の専門家として点検可能な部分については充分調査、点検のうえ、改造、整備を行い、もつて安全な運行を確保できる車両であることを確認して販売すべき注意義務があつたものといわねばならない。そして、本件自動車における後輪ブレーキホースの取付位置は、自動車整備の専門家として点検可能な範囲と認むべく、ことにブレーキホースが前使用者によつて下廻りに改造されていたのを上廻りに復旧する作業をしたものであるから、その際充分に安全を確認する機会があつたものといわねばならない。

そして前記認定の事実によれば、被告会社において右整備点検義務を完全に尽くしたものとはいいがたく、むしろブレーキホースとテンシヨンアームとの接触による事故の発生については全く留意することなく、ブレーキホースの取付口、取付位置、格好等についての点検を怠り、スプリングのしずみを考慮に入れなかつた手落ちが認められるのであり、この点に過失があつたものといわざるをえない。

3  被告会社の原告平ちの、同牧野茂、同牧野さよに対する保有者責任もしくは運行供用者責任について

被告会社が吉蔵に対し、本件自動車をその所有権を留保して割賦販売した事実及び車検証等の交付を留保した事実は原告平ちの、同牧野茂、同牧野さよと被告会社との間に争いがない。

右争いのない事実及び前記1、(二)認定の事実によれば、被告会社は吉蔵との間に所有権留保付の割賦販売契約を締結し、本件自動車の引渡しをしたが、頭金残額の支払いを確保するために車検証等の交付を留保したことが明らかであるが、自動車の販売会社を売主とし、ユーザーを買主として所有権留保付割賦販売契約がなされた場合には、特段の事情のない限り、右所有権の留保は担保のためになされたものと解すべく、右自動車の運行支配、運行利益はユーザーである買主にのみ帰属するものと認めるのが相当であり、運行支配の実質関係を肯認するに足りる特段の事情につき何らの立証のない本件においては、被告会社は本件自動車の単なる所有権留保者にすぎず、運行支配者でも運行利益の帰属者でもないといわなければならない。よつて、被告会社に対して自賠法三条に基づく保有者責任もしくは運行供用者責任による損害賠償を求める原告らの主張は理由がなく、失当である。

4  被告会社の原告平ちの、同牧野茂、同牧野さよに対する不法行為責任について

被告会社の本件自動車の販売に当たつての注意義務及び過失は前記2記載と同様である。

5  被告国の国家賠償法一条に基づく責任について

(一)  石川県陸運事務所の自動車検査官が、本件事故の九日前である昭和三九年八月一〇日、本件自動車の検査を実施した事実は、原告町野吉蔵、同町野シゲ子と被告国との間に争いがなく、また、川部検査官が本件自動車の検査を実施し、検査合格と判定した事実は原告平ちの、同牧野茂、同牧野さよと被告国との間に争いがない。

(二)  ところで、道路運送車両法一条、五八条によると、道路運送車両の安全性を確保することを目的として、同法所定の自動車については運輸大臣が検査を行うこととし、有効な車検証の交付を受けているものでなければ運行の用に供することができないとされ、また、同法五八条の二によると、右運輸大臣の行なう検査の項目その他の検査の実施の方法は、運輸省令で定めるとされている。

更に、同法七四条、二四条二項によると、運輸大臣は、運輸省の職員のうちから自動車検査官を任命して右自動車の検査に関する事務を行なわせること、右自動車検査官の任命、服務等は国家公務員法によること等が定められている。そして、国家賠償法一条にいう公権力の行使とは、権力的作用のみならず純然たる私経済作用を除く国又は地方公共団体のすべての作用を指称すると解するのが相当であるから、自動車検査官が行なう道路運送車両法に基づく自動車の検査は、国の公権力の行使というべく、同検査官がその職務を行なうについて、故意または過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国は、その賠償の責に任じなければならない。

(三)  そこで本件自動車を検査した自動車検査官またはその補助者の職務執行について過失があつたか否かについて判断する。 前記争いのない事実や〈証拠省略〉を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 本件自動車の検査は、昭和三九年八月一〇日午後、川部自動車検査官の補助として野瀬技官がその前半を担当し、川部検査官がその後半を担当して実施された。すなわち、野瀬技官が、最初に廃車謄本及び新規検査申請書により、当該被検査車両の同一性を確認した後、電気回り(ヘツドライト、方向指示器、番号燈、尾燈その他の燈火全部の点燈の有無及び可動状態)を確認し、運転者の乗車設備、ワイパー、フロントガラスの傷等もろもろの保安装置を検査した。次に、スピードメーターのテスト、前照燈試験器による前照燈の光度、ふれの検査を経て、重量、長さ、幅、高さなどの寸法を測定して前半の検査を終了し、その後引き続いて川部検査官が、サイドスリツプテスタにより前輪整列の点検を行なつた後、被検査車両の前輪をリフトアツプして車両の下へもぐり込み、下回り(ハンドル回り、制動装置、懸架装置、動力伝達装置)の検査を行ない、さらに、ブレーキテスタを使用して制動力検査を実施した。以上の検査の結果、原動機の始動不良、右側前、後輪タイヤ不良、ハンドルのドラツグ・リンクのがた、左前輪ブレーキの片効きを発見したため、再検査を指示し、右指示された個所について申請者が再整備をしてきたので、翌一一日、川部検査官が再検査を実施し、右再検査個所の補正を点検確認した結果、同検査官は保安基準に適合するものと認め、乗車定員、最大積載量、車検証の有効期間を指示して車検証を交付した。

(2) 右下回りの検査は、検査票の各項目に従つて空車状態で行なわれたが、検査の具体的方法としては、点検ハンマーを使用して被検査個所をたたき、その音によりボルトやナツトの緩み、亀裂、がた、取付のゆるみの有無を判断しあるいは視認するという方法によつた。ブレーキホースについては、川部検査官が手で引つ張たり、たたいたりして損傷の有無、油漏れの有無を点検し、異常のないことを確認した。ブレーキホースとテンシヨンアームとの間隙については、ブレーキホースの取付方法が上回りとなつていたのを認めたが、目測で約七センチメートルの距離があることを確認した。スプリングについても、ハンマーを使用して点検し、更に、視認による点検をしたが、特に異常は認められなかつた。

(3) 当時の車検の実務は空車状態で視認する方法が取られており、積車状態での検査を実施する設備はない。また、石川県陸運事務所における昭和三九年度の車両点検台数は一日平均八二台となつており、これを二名の検査官が各一名ずつの補助員を使つて処理しており、不合格率は三五・三パーセントとなつている。

(四)  ところで、道路運送車両法によると、国は道路運送車両の安全性を確保するため、第三章道路運送車両の保安基準において、自動車の構造、装置、乗車定員または最大積載量について、保安上の技術基準(以下「保安基準」という。)を設け、自動車は同基準に適合するものでなければ、運行の用に供してはならない旨規定している(同法四〇条ないし四六条)。そして、これをうけて、第四章道路運送車両の整備において、自動車を運行する者については、仕業点検義務(同法四七条)を、自動車の使用者については、定期点検整備義務(同法四八条)をそれぞれ課し、次いで、第五章道路運送車両の検査において、いわゆる車検制度を設け、自動車は運輸大臣の行なう検査を受け、有効な自動車検査証の交付を受けているものでなければこれを運行の用に供してはならない(同法五八条)ものとしている。そして、以上の如き法の規定からみると、自動車は、元来その使用者においてその安全性を確保すべきものであるが、その性質上危険性を内包していることに鑑み、国において一定の保安基準を設定し、右基準に適合しない自動車の運行を禁止し、また、自動車の使用者に対して右基準に適合させるために点検、整備義務を課しているものというべきであるから、自動車の安全性の確保についての基本的かつ第一次的な責任は当該自動車の使用者にあるものと解するのが相当である。そして、使用者のこのような基本的義務を前提として、国が後見的に、使用者がその義務を履行しているかどうかを一定の期間毎に検査するのが車検制度であると理解すべきである。そうだとすれば、国が法律に従つて車検を行うのは、自動車の安全性確保の面からみると、後見的、第二次的なものであり、車検の時期、項目、方法が法令で定められている点をも併せ考えると、使用者等に課せられている保安基準に適合させる義務が包括的かつ継続的であるのに対し、限定的であるということができる。以上によると、車検事務を執行する自動車検査官としては、前記法令に定められた時期、項目、方法に従つて検査するをもつて足り、それ以上にわたつて綿密な検査をし、もつて自動車事故を未然に防止する概括的かつ高度な自動車の安全性確保義務なるものが課せられていると解することはできない。

(五)  そこで、法令に定められた自動車検査官の検査項目及び検査方法についてみるに、道路運送車両法五八条の二によれば、検査の項目その他の検査の実施の方法は新規検査その他の検査の種別ごとに運輸省令で定められることとされ、これを受けて同法施行規則三五条の四は検査実施の方法は別表第二のとおりとすると定めている。そして、別表第二新規検査の実施の方法三装置に関する検査(その二)によれば、制動装置については、亀裂、がた、取付けのゆるみの有無等を検査用ハンマ等を用いて検査するものとする。この場合において、道路運送車両の保安基準に適合するかどうかを視認等により容易に判定することができるときに限り、視認等により検査することができるものとされている。すると、本件の場合、川部検査官が制動装置につき行なつた、点検ハンマーを用いて対象個所をたたき、その音で、亀裂、がた、取付のゆるみの有無を確めたこと、ブレーキホースを手で引つ張つたりたたいたりして、損傷の有無を点検したこと、ブレーキホースとテンシヨンアームとの間隔約七センチメートルを視認により確認したことは、法令に定められた検査官の義務を十分に果したものとみることができ、義務違背の点はこれを見出すことができない。

以上のとおりであるから、被告国は国家賠償法一条に基づく責任を負わないものといわなければならない。

6  被告町野吉蔵の原告平ちの、同牧野茂、同牧野さよに対する運行供用者責任について

被告町野吉蔵が運行供用者であるが事実は右当事者間に争いがない。したがつて、被告町野吉蔵は自賠法三条に基づく責任を免れない。

五  抗弁及び再抗弁並びに被告会社の時機に後れた請求の拡張、請求原因の訂正、追加却下の申立について

1  示談契約成立の抗弁及び示談契約無効の再抗弁について

原告町野吉蔵、同町野シゲ子と被告会社との間に、昭和四一年一一月三〇日、本件事故に関して三〇万円で示談契約が成立した事実は右当事者間に争いがない。よつて、右示談契約無効の再抗弁について判断する。

右争いのない事実や〈証拠省略〉を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  吉蔵は、昭和四一年一一月二五日頃、請求書(甲(イ)第一四号証)を持参して被告会社を訪れ、本件自動車に積んであつたチエンブロツク等の採石道具の紛失による損害金の請求を求めたところ、折から吉蔵、原告町野シゲ子を申立人とし、被告会社を被申立人とする本件事故に関する損害賠償請求調停事件が係属中であつたため、被告会社は本件事故に関する損害賠償一切を含めるのでなければ金銭の支払いには応じられないという態度に終始し、その旨の示談書の作成を金銭支払いの条件としたため、話し合いは難航し、吉蔵と被告会社との間に数回の交渉がもたれた。

(二)  吉蔵は、同年初頃から胆石症に罹患し、薬物療法を続けていたが、同月上旬に至つて右上腹部に激痛を覚えるようになり、手術治療の必要にせまられ、その費用の捻出に苦慮していたため、早急な妥結を望み、不当とは思いながらも、被告会社の要求を入れて、同月三〇日本件事故に関連する一切の損害賠償請求をしないことを条件に三〇万円の示談書(丙第一号証)に署名捺印し、三〇万円を受領した。右示談の交渉には吉蔵のみが関与していた。そして右示談書及び領収書中の原告町野シゲ子の氏名は吉蔵が代筆した。

(三)  吉蔵は、右のとおり示談書に署名して三〇万円を受取つたものの、自分自身を納得させることができず、意を翻えし、翌一二月一日、右三〇万円は請求書記載の損害金についての示談金である旨を記載した内容証明郵便を被告会社宛に差出した。

右事実によつて認められる本件示談書作成の経緯、ことに本件事故に関連する一切の損害賠償請求権放棄の条項がそう入された経過、その意味、右条項のそう入によつて達しようとする被告会社の目的、吉蔵の当時の身体的、経済的状況、示談金の額等諸般の事情を考慮すれば、右示談契約は、原告町野吉蔵の窮迫に乗じて不当の利を博する行為と認めるのが相当であるから、無効たるを免れない。

また、原告町野シゲ子に対する関係についてみるに、吉蔵が原告町野シゲ子のためにそのような示談契約を締結する権限を有していた点については何らの主張立証もない。したがつて、右契約は原告町野シゲ子の意志に基づかない契約として無効といわざるをえない。

以上のとおりであるから、被告会社の右抗弁は理由がないことに帰着する。

2  時効消滅の抗弁及び時効中断の再抗弁について

被害者である吉蔵、原告町野シゲ子において損害及び加害者を知つた時である本件事故の翌日の昭和三九年八月二〇日から三年の期間が経過した事実は原告町野吉蔵、同町野シゲ子と被告会社との間に争いがない。したがつて、時効中断の再抗弁について判断する。

吉蔵、原告町野シゲ子が右三年の期間経過前である昭和四二年八月一七日、本訴(甲事件)を提起したことは訴訟上明らかであり、本訴請求が本件事故により吉蔵、原告町野シゲ子の蒙つた損害の賠償を求めるものであることはその請求の趣旨及び請求原因に照らし明らかなところであるから、消滅時効は本訴の提起により中断したものと解するのが相当である。

3  被告会社の時機に後れた請求の拡張、請求原因の訂正、追加却下の申立について

原告平ちの、同牧野茂、同牧野さよの訴訟代理人が第三〇回口頭弁論期日において請求の拡張、請求原因の訂正、追加を申立てたことは訴訟上明らかであるが、右申立は訴の変更に該当し、攻撃方法ではないから、民訴法一三九条の適用はなく、また、請求の基礎に変更なく、かつ、これにより著しく訴訟手継を遅延させる場合に当るものとは認められないから、被告会社の右申立は理由がない。

4  請求の拡張部分の時効消滅の抗弁及び時効中断の再抗弁について

(一)  右抗弁及び再抗弁記載の各事実は原告平ちの、同牧野茂、同牧野さよと被告会社との間に争いがないが、被告会社はその法律効果を争い、請求の拡張部分について調停の申立による時効中断の効力は及ばない旨主張するので判断を加える。

(二)  最初に、不法行為に基づく損害賠償請求権の個数は一個と解するのが相当であるが、一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨明示して訴の提起があつた場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ残部に及ばず、逆に、一部請求たることを明示しない訴提起による時効中断の効力は請求権全体について生ずるものと解されるところ、右原告らの請求拡張の時点では時効の起算点から三年を経過していることは訴訟上明らかであるから、本件の問題点は、結局のところ、右請求の拡張以前の当初の請求が明示的一部請求であつたか否かに帰着する。

ところで、右原告らが当初損害の項目として逸失利益及び慰藉料を掲げて請求してきたことは訴訟の経過に照らし明らかなところ、不法行為による損害賠償請求については、損害は多角的、多面的に発生し、損害額は各項目の損害の総和として算定されるのが通常であるから、請求当時予見しえた損害の中から特定の項目の損害のみを裁判上請求してきた場合には、他の項目、種類の損害は存しない旨の主張を伴わない限り、全損害の数量的一部たることを明示して請求がなされた場合と同じく、当該項目の損害に限つて請求する趣旨が明示されているもの、すなわち、一部請求として扱うのが相当と解する。思うに、このように請求当時予想しえた損害の中で、特定項目しか掲げていない請求を一部請求とみることは、むしろ当事者の意志に合致し(他の費目部分には確定判決の既判力は及ばない。)、また、損害賠償債権の多面的特性はよりよく適合すると解されるからである。したがつて、右原告らの調停申立による時効中断の効力は、当該請求部分の範囲においてのみ生じ残部には及ばないから、右請求の拡張部分のうち、逸失利益及び慰藉料を除く他の損害項目部分に係る請求は右三年の経過と伴に時効により消滅したものというべきである。

(三)  次に、逸失利益及び慰藉料についての拡張部分については如何に解すべきであろうか。同一項目の損害については、一部請求であることを明示しない限り、当該項目の全損害を請求しているもの、すなわち、全部請求と解するのが相当である。けだし、訴訟の進行に従い損害が具体化するに応じて請求を拡張して行こうとするのは請求権者として通例の態度というべく、このように解することが損害賠償請求の実態にも合つていると考えられるからである。

すると、逸失利益及び慰藉料についての請求の拡張部分には右調停の申立による時効中断の効力が及ぶというべきである。

(四)  結局、被告会社の請求の拡張部分の時効消滅の抗弁は、逸失利益及び慰藉料を除いた他の損害項目部分について理由があるから、同部分に係る請求は時効により消滅したことになる。

5  過失相殺について

(一)  本件事故の直接の原因が本件自動車のブレーキの故障にあつたことは前記のとおりであるが、甲事件における原告ら側の過失及び乙事件における原告ら側の過失について判断する。

(二)  本件事故の態様については前記二認定のとおりであるが、これによれば、原告町野吉蔵は、本件自動車の運行に当たり、何らの仕業点検を行わなかつたこと、最大積載量を超える積載をなしたこと、見通しの良い直線道路であつたにもかかわらず、急制動を要するような追越しを試みたこと、フートブレーキの故障を発見した後エンジンブレーキ及びサイドブレーキを活用しなかつたこと等が明らかであり、これらは原告町野吉蔵の過失とみるのが相当である。そして、右過失は、本件甲事件原告らの損害発生または拡大に寄与したものと考えられるから、右原告側の過失として斟酌するのが相当であるところ、本件事故の態様に照らし、原告町野吉蔵の過失と被告会社のそれとを比較すると、過失相殺率は約五〇パーセントと認めるのが相当である。

(三)  次に、前記二認定事実によれば、原告牧野茂、秀次、一義が約五〇メートルにわたつて故障車を後押ししていたことが明らかである。本件事故現場付近は、国道一五九号線として金沢-七尾間の幹線道路であり、交通量も相当頻繁であること、道路の有効幅員は約六メートルにすぎないこと、後押しの状況に鑑みると原告牧野茂らの行為が多少とも道路交通の妨害となつたことは否定しがたいとしても、本件事故現場付近の道路状況、ことにその見通し、本件事故の態様に照らし、前記被告らの過失と対比するきは、原告牧野茂らにはいまだ過失相殺の対象としなければならない程の過失があるものとはいうことができない。

よつて、被告会社、同町野吉蔵の過失相殺の主張は失当である。

六  損害〈省略〉

七  結論

よつて、被告会社は、原告町野吉蔵に対し金四九七万五〇〇〇円、原告町野シゲ子に対し金四九〇万円及び右各金員に対する本件不法行為の日の後である昭和五〇年一二月一二日から、被告会社、被告町野吉蔵は、各自、原告平ちのに対し金一五〇〇万円、原告牧野茂に対し金六四五万円、原告牧野さよに対し金六一五万円及び右各金員に対する本件不法行為の日の後である昭和四〇年四月一日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務がある。よつて、被告会社、被告町野吉蔵に対する各原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるからこれらを認容し、その余の請求は失当であるからこれらを棄却し、また、被告国に対する各原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井上孝一 高柳輝雄 小島寿美江)

別紙〈省略〉

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